12回身体運動科学シンポジウム「21世紀を支える科学・技術と身体」 開催主旨

 

はじめに

20世紀的な自然破壊=開発発展といった価値観から、自然と人間の共生という今日的、21世紀的な価値観への転換にあたって、保全されるべき「自然」の代表でありながら実は見落とされやすいものとして「人間」そしてその「身体」がある。真に豊かで持続可能な生活を実現するためには、自然環境の保全と同時に、人間の保全、すなわち、人間の心と体のメンテナンスとサステナビリティが大切である。そのためには、自然環境と人間の体や心のメンテナンスへの応用を視野に入れた新しい基礎科学と、それにもとづく新しい技術の創成が必要であろう。本シンポジウムでは、以上のような観点から、21世紀の科学技術と人間の関係を、身体という側面から考えてみたい。

 

技術と身体の関係

「技術」というものはもともとは人の体の動きから生まれてきたもので(職人技、たくみの技)、それが身体の外延として道具や機械として発達し、いつのまにかいろいろな意味で人の体や心を蝕んだり破壊したりするまでになってしまったのである。「技術」は自分の「親」である身体や環境のことをもう一度考え直してみるべきではないだろうか。また、現代社会ではハイテク化が進んでいるが、その一方で、ハイテクが進めば進むほど逆説的に、オリジナルな先端技術の実現には、そのフロントエンドでの「巧みの技=ローテク」が必要不可欠になってきているのも事実である。

 

身体技術の21世紀的価値

そのような観点から考えると、20世紀型の「効率」「最速」「最高」「最大」のみの追求から「最適」「快適」「適度」「中庸」の追求へと社会の価値観が変わり、破壊から保全復旧へという「自然」と「人工物」の関係の変化のなかで、「体育」「芸術」といった「身体そのものを使うローテク自己表現技術」が再評価されると考えられる。これは、19世紀末、産業革命の行き着いた先から、音楽や美術、舞踊などの芸術や近代スポーツの発展など、身体文化の成熟がはじまったという歴史的経緯の延長上にある。これらの営為においては機械ではなく人の技が決定的に重要であるがゆえに、そこで実現される最高のものが尊敬されるようになり、科学技術やマスプロダクションのアンチテーゼとして、人の身体の直接の技としての芸術や「巧みの手わざ」に価値が見出されるようになったのである。

芸術と同様自己表現技術であるスポーツなどの身体運動も、人に見せることを考えるだけではなく、自己の心身を解放し、内面を充実させるという側面に着目すれば、科学技術文明の高度な成熟段階においては、きわめて重要な社会的価値をもつと考えられる。実際、スポーツ産業は数兆円という市場規模に発展している。従って、それをサポートするサイエンスや叡智、その延長にある福祉や介護の技術などは、今後の脱20世紀型社会にとって高い価値を持つ新しい科学技術分野として成長して行くと考えられる。

 

技術の高度化による脱身体化社会における身体運動の意義

一方、科学技術の進歩とそれにともなう生活スタイルの変化は,大多数の人間の身体や宇宙あるいは地球に対する身体感覚を喪失させ、「脱身体化社会」を促進している。交通事故や誘拐の危険性、空き地の減少、学習塾、少子化などによる身体活動の減少は、就学前児童の体力不足はもとより、身体を使って遊ぶ中から自然に身に付く筋運動感覚・空間感覚・皮膚感覚などの身体感覚や、それにともなって知らず知らず獲得する身体知識の不足をもたらし、今や深刻な社会問題となりつつある。身体に関する認識と実践を、どのように社会の中に組み込むか,緊急に考える必要がある。

みずからも身体を鍛え、体育を教育の中心においたプラトンや、歩きながら叡智を磨く教育を考案したアリストテレスの故事、あるいはラテン語のSolvitur ambulando(困難は歩くことによって解決する)と言う諺は、身体運動が知を高める効果によって、西欧文明が発達したことをよく物語っている。その後も、哲学者カントは、毎日散歩しながらアイデアを練り、アインシュタインは,自転車に乗っているときに多くのアイデアが湧いたというように、運動の知的能力向上効果は連綿と受け継がれている。最近では、運動の知的能力向上効果を実験によって証明した研究が、Natureを始め学術上最高権威をもつ科学雑誌に、数多く発表されている。

 

新しい科学と技術の構築

芸術のように、日常生活の中に文化の香りゆたかな場を設定しつつ身体の智恵や面白さを発見できるようなノウハウをつくりだしてゆくことが求められている。身体の自由と精神の自由を調和融合させ、科学と技術の中に、生きている人間の身体を組み込み、スポーツや音楽,芸術との接点で、社会への応用を視野に入れた基礎科学に基づく、新しい技術を展開することが、真に人間による、人間のための、住みよい社会を構築するために、今こそ求められているのである。

本シンポジウムでは、さまざまな角度から、科学技術と人間の関係を身体を仲立ちとして考える。

 

 

要約

20世紀的な自然破壊=開発発展という価値観から、自然と人間の共生という21世紀的な価値観への転換にあたって、保全されるべき「自然」の代表でありながら実は見落とされやすいものとして「人間」そしてその「身体」がある。また、本来身体操作そのものであった技術が高度に発達した結果、社会の脱身体化が進行している。豊かで持続可能な生活を実現するためには、自然環境を保全再生するための科学技術とともに、人間の身体や心のメンテナンスのための科学技術が必要である。本シンポジウムでは、21世紀の科学技術と人間の関係を、身体を仲立ちとして考える。


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